健康について 第5回
⑤ ストレス評価と対処法
ヒトが感じている生活環境ストレスには、①精神的ストレス(人間関係のあつれきなど)、②身体的ストトレス(長時間の残業、過度の運動など)、③物理的ストレス(紫外線、騒音、温熱環境など)、④化学的ストレス(ホルムアルデヒドなどの化学物質)、⑤生物学的ストレス(ウイルス、細菌、寄生虫など)など、さまざまなストレスがみられることを前回の「④ストレスの正しい理解」の中でお話をしました。
そこで、今回はストレスの評価やその対処法についてご説明いたします。
●ストレスは絶対的な量だけでは計れない
生活環境ストレスに伴う生体の反応をみてみますと、そのストレッサーの大きさや持続期間は重要な因子となっています。そこで、まずは自分に降りかかってきているストレッサーの強度や持続期間を正しく分析することは大切です(①絶対的なストレッサー評価)。
また、ストレッサーに対する感じ取り方には個人差があります。ストレスの感受性は遺伝的要素が大きく、これは性格の問題というより、気質(親からの遺伝によって決まる性質)が深くかかわっています。完璧主義で、固着性(物事にこだわる性質)が高い人は、そうでない人よりもストレスをより大きく感じることが知られていますし、脳内のセロトニン代謝に影響を与える遺伝的気質を調べてみると、シナプス(神経と神経の情報交換の場)においてセロトニン欠乏をきたしやすいタイプは、疲労に陥りやすいこともわかっています。したがって、ストレスに対する感受性を評価することも重要です(②ストレス感受性評価)。
そして、最後にストレス状態をどの程度うまく処理できているかによってもストレスの状況は違ってきます(③ストレスコーピング評価)。したがって、ストレス状況を評価する場合には、①絶対的なストレッサー評価、②ストレス感受性評価、③ストレスコーピング評価の3つを総合的に行うことが大切です。
●ストレス対処法(ストレスコーピング)の重要性
ストレスコーピングについて、少し詳しくご紹介します。たとえば、1日あたりのストレス状態の程度を100とします(100/日)。1週間、何も改善することができない状況が続いている場合は、単純に考えれば100/日×7日=700のストレス状態となります。ここで、毎日9割のストレス状態が処理できる人と、1割程度しかストレス状態が処理できない人では、1週間後の蓄積したストレス状態は大きく違ってきます。毎日9割のストレス状態が処理できた人は、100/日×0.1×7日=70のストレス状態にしかなっていませんが、毎日1割しか処理できない人は100/日×0.9×7日=630となります。実際には、このような単純な足し算でストレス状態を判断することはできませんが、ストレスコーピングをうまく活用できている人と、できない人では、疾病に陥る確率が大きく違ってくることが知られています。
●3種類のストレスコーピング
ストレスコーピングには、①課題優先対処法=ストレスの原因を分析し対処する、②回避優先対処法=ストレスを避ける、③情緒優先対処法=友人などに愚痴をいい、共感し合う、の三つの方法があります。
何かストレスがあると感じた時は、誰でもそのストレスの原因を分析して解決しようとしています。自分が抱えているストレス状態の原因を分析し、その原因を解決する手法を取ることは大切で、これを①課題優先対処法と呼びます。
しかし、私の外来を受診してこられている患者さんの話を聞いてみますと、実際には解決できないストレスを抱えておられる方も多く、体調を崩しておられます。このような場合は、可能であればできるだけストレスと感じる状況に出くわさないようにすることをお勧めしています(②回避優先対処法)。ストレスに陥った原因が他人である場合、自分は正しいのだからと自分の行動を変えない人をよくみかけますが、そうしていると自分の免疫力はしだいに下がってしまいます。
たとえば、インフルエンザが流行している時期に電車で座っていたとします。途中の駅から、咳を繰り返している方が自分に近寄ってこられた場合、自分が最初から座っているのだからと、その席に座り続けることを選択する方がおられますが、それはあまり良い選択ではありません。何故なら、インフルエンザに感染しないかと怯えながら座っていると、免疫力が低下してくるからです。
もし、刃物を振り回している人が近づいて来たら、だれでも怪我をしないように逃げると思います。免疫力が低下することは怪我をすることと同じですので、このような場合は席を譲って場所を移動されることをお勧め致します。
ここでは、インフルエンザを例にあげましたが、誰かと意見や立場が対立した時に、自分の方が正しいと考えて一切妥協せずにストレスを抱え込んでいるならば、同じ状況に陥っています。健康で余力がある場合は、このような選択肢もあるかもしれませんが、もし体調が崩れやすい時はストレス環境からはいったん離れることが大切です。
最後に、現実社会ではストレスの原因を解決できない、逃げ出すこともできないこともあります。このような時にお勧めは、友人や同僚、家族のヒトに自分が陥っている状況を説明し、理解してもらうことです。そして時には、怒る、泣く、わめくなどの感情に表すことも大切です(③情緒優先対処法)。たとえ、ストレスが解決できない状況でも自分一人で悩むのではなく、周囲からの理解を得ることや一度自分の感情を表に出すことでストレス状態は軽減することが知られています。
日頃心掛けるべき予防法としては、ポジティブシンキングをお勧めしています。何事もイヤイヤやっているとストレスのもと。長期のストレスは神経・内分泌・免疫系の悪循環を引き起こします。嫌なことはすぐ忘れる。何か嫌なことをやらされても、成長するために天が与えた試練だと都合よく解釈してしまえばいい。そして疲れたときはすぐ休むこと。適度なスポーツをして心地よい疲労を得ることも、心身のリフレッシュには役立ちます。休息と心地よい疲労をうまく組み合わせると、疲労回復にも役立ちます。
また、笑いを生活の中に取り入れることも重要です。笑いは、特に免疫力の低下した人ではNK活性などを回復させる作用があり、例え1日30分でも笑える時間をできるだけ作るようにお勧めしています。
医師:倉恒弘彦(くらつね・ひろひこ)
プロフィール
大阪市立大学医学部客員教授として、疲労クリニカルセンターにて診療。1955年生まれ。
大阪大学大学院医学系研究科 招へい教授。
日本疲労学会理事。著書に『危ない慢性疲労』(NHK出版)ほか。