健康の評価法
ここでは客観的な評価方法を紹介いたします。
なお、2020年11月よりスマホ(携帯)で自律神経機能を評価するアプリをリリースしましたのでご活用ください。
自律神経機能解析を介した健康評価
ヒトが長期にわたってストレス状態に陥った時,立ちくらみや動悸,頭痛,発汗異常,下痢・便秘などの症状を自覚することが多い。このような症状には,胃腸や心臓の活動や発汗などを調節している自律神経機能にはしばしば歪がみられることが良く知られている。 自律神経機能については,心電図や脈波などを用いて心拍の周波数解析を行うことにより,交感神経や副交感神経の活動や自律神経バランスを客観的に判定することが可能であり(文献1),自律神経機能の変化を客観的に評価することにより,疲労やストレスの状態を推測することができる(文献2)。
我々は,疲労に伴う自律神経機能の変化として,以下のような関連を発表してきた。
①19名の健常者を対象に,精神作業負荷に伴う疲労の前後で自律神経機能評価を行ったところ,疲労誘発後は主に交感神経系活動を表す%LFが上昇し,副交感神経系活動を表す%HFは低下した(文献3)。
②10名の健常者を対象に精神作業負荷に伴う疲労前後の自律神経機能を調べたところ,HF(副交感神経活動指標)の低下とLF/HF(自律神経バランス)の上昇が認められ,疲労状態では交感神経系の過緊張状態であることが明らかになった(文献4)。
③24名の健常者を対象に精神作業負荷を加えて疲労状態を誘発したところ,作業負荷時間の経過とともに自覚的な疲労感の増加(A),反応時間の遅延(B),反応時間のばらつきの増加(C)が確認され,自律神経機能評価ではLF/HF(自律神経バランス)が有意に増加した(交感神経系優位な状態)(D)。これらの変化はすべて休憩後には回復した(文献5)。
④1,099名の慢性疲労症候群患者と361名の健常者において,安静閉眼時に計測した自律神経機能の比較を行ったところ,どの年代も疲労症状が強い群ほど副交感神経活動を示すLog HFの低下が著しく,Log LF/HF(自律神経バランス)が有意に増加し,交感神経系の過緊張状態になっていた(文献6)。自律神経活動指標の1つである最大リアプノフ指数評価でも,疲労症状の強いCFS群は有意に低下していた。さらに,携帯型心電計を用いて24時間連続して自律神経活動を評価したところ,健常者では睡眠時のLog HF(副交感神経活動指標)は覚醒時と比較して平均3.03倍高くなるのに対して,疲労群では1.86倍の上昇しかみられず,睡眠時における自律神経機能異常の存在が示唆された(文献6)。
⑤小中学校の教職員363名の実態調査では,同年代の健常者群と比較して有意に自覚的な疲労関連症状が強く,自律神経機能評価ではLog HF(副交感神経活動指標)の低下とLog LF/HF(自律神経バランス)の上昇が認められた(文献7)。
⑥26名の健常者を対象に,4週間の水素水の摂取に伴う抗疲労効果を調べるためにプラセボ対照二重盲検比較試験を実施したところ,水素水摂取群ではプラセボ群と比較して有意な交感神経系活動の低下とともに不安・気分状態指標の改善が認められ,水素水摂取がQOL改善に寄与する可能性が示唆された(文献8)。
⑦泌尿器科領域の担癌患者37名と健常者23名の自律神経機能評価を行ったところ,担癌患者群はLF/HF(自律神経バランス)が有意に高く,交感神経系優位な状態であった。治療として,加味帰脾湯を投与してその後の変化を調べたところ,自覚的な疲労感や抑うつ症状の軽減とともにLF/HFの改善が認められた(文献9)。
我々はこのような知見に基づき,自律神経機能を評価することにより,疲労,メンタルヘルス状態,睡眠,ストレス状態などの臨床病態を客観的に評価できることを提唱し,種々の特許を取得してきた(特許リスト参照)。
なお,自律神経活動の評価には通常は心拍の周波数解析で算出されるトータルパワー値(log(LF+HF))や心電図R-R間隔変動係数(CVRR)が用いられているが,健常者のこれらのデータを2000名以上について分析したところ,個人の自律神経活動値は加齢に伴い有意に低下することが判明した。そこで,小泉らは検診時に自律神経検査を受けた場合,被験者が自分の結果をより簡便に理解できるようにすることを目的に,被験者の自律神経活動結果を健常者群の各年齢の自律神経活動指標の中央値より算出した自律神経年齢として表現することを提案し,特許化している(特許第5455071号)。
図1に我々が調査した学校教職員442名の評価結果を示しているが,自律神経活動を表すLog(LF+HF)値は加齢に伴い有意に低下しており(r=-0.505,p<0.001),自律神経機能の評価においては,被験者の年齢を加味して評価する必要がある。
図1. 自律神経活動(Log(LF+HF))と年齢との関連
したがって,自律神経機能評価は個人個人の疲労状態などの客観的な指標として活用できるとしても,集団分析を行う場合には比較を行う集団の年齢構成を一致させて分析する必要があり,年齢構成の異なる集団の分析においてはこれまで使われてきた自律神経機能指標は用いることはできなかった。 そこで,我々はこれまでに収集した大規模な健常者データを用いて,年齢1歳ごとの自律神経活動値の分散から各年齢における自律神経活動偏差値を算出し,年齢構成の異なる集団においても疲労・ストレス分析に使用できる指標(自律神経活動偏差値,ANA-SS:standard scores for autonomic nervous activity)を特許化した(特許第6550440号)。
近年,生活環境ストレスの変化に伴い,うつ病などのメンタルヘルス障害による休職者が増加しており,2015年12月よりは労働安全衛生法の改正に伴い従業員50名以上の事業場においてはストレスチェックを行うことが義務づけられるようになった。
2016年度の神奈川県「マイME-BYOカルテ」事業に参画した企業17社の健康評価において,ストレスチェック検査を厚生労働省研究班の推奨する職業性ストレス簡易調査問診票(57問)を用いて行ったところ,103名中17名(16.5%)が高ストレス群と判定された。高ストレス群(17名)と非高ストレス群(86名)との比較では,高ストレス群は職業性ストレス簡易調査問診票より算出されるA score(仕事の量や質), B score(疲労,抑うつ,不安などの自覚症状), C score(上司,同僚,家族の支援得点)がすべて有意に低値であり,これらすべての評価が高ストレス群では非高ストレス群と比較して有意に悪いことが確認された(表1)(文献10)。
そこで,客観的な疲労指標として自律神経活動評価を行ったところ,被験者となった従業員103名(年齢39.1±9.2歳)は,20歳代の若い労働者から比較的高齢のものまでさまざまな年齢で構成されていたため,これまで用いられてきた自律神経活動値(log(LF+HF))による評価では,高ストレス群と非高ストレス群の間では有意な差はみられず,これまでの自律神経活動指標ではストレス群の判定は困難であることが明らかとなった(表2)。
しかし,上述の自律神経活動値を年齢補正した自律神経活動偏差値(ANA- standard scores (ANA-SS))を用いた評価では高ストレス群47.9±10.7,非高ストレス群56.3±10.6と高ストレス群が有意に低値であることが確認できた(p<0.05)(表2)(文献10)。
この結果は,年齢構成が異なっている被験者を対象としたストレスチェック検査においても,年齢補正を考慮したANA-SSを用いた評価は,職業性ストレス簡易調査問診票を用いて行うことが決められているラインケアを行うときに必要な集団分析指標(健康度指標)として客観的な指標として活用が可能であることを示している。
さらに,ANA-SSと職業性ストレス簡易調査問診票結果との関連について検討したところ,A score(仕事の量や質),C score(上司,同僚,家族の支援)とは有意な関連はみられなかったが,疲労,抑うつ,不安などの臨床症状得点(B score:得点が低いほど症状が強い指数)とANA-SSは有意な正の相関がみられ(r=0.334,p<0.001),疲労関連症状が強いほどANA-SSは低下していた(図2)。
図2. 自律神経活動偏差値(ANA-SS)と職業性ストレス簡易調査問診票結果との関係 A score:仕事の量や質の評価,B score:疲労,抑うつ,不安などの臨床症状得点,C score:上司,同僚,家族の支援の程度
ANA-SSは,VASを用いて評価した個人の疲労関連症状得点(精神的ストレス,身体的ストレス,疲労,抑うつ,不安,いらいらなど)との関連においてもすべて有意な負の相関がみられ,自覚的な意欲の得点とは正の相関が認められた(表3)(文献10)。したがって,ANA-SSは被験者の年齢要素を考慮することなく集団分析とともに,個人個人の疲労病態評価にも活用が可能であり,今後はストレス評価における客観的な健康度指標として是非活用して頂きたいと考えている。
表3. VASによる自覚症状と自律神経活動(ANA-SS)との関連
なお,自律神経機能は些細な刺激によっても容易に変化するために,健康の指標として評価を行うためには安静閉眼座位において測定された時の値を用いることが推奨されている。我々は,このような疲労を誘発しないような光,音,匂いなどの刺激に伴う変化が健康度指標とどのような関連があるのかについて検討したところ,疲労を誘発しない種々の刺激に伴う自律神経機能の変化が疲労,睡眠状態,メンタルヘルス状態などと関連していることを見出した。そこで,我々は従来の健康評価に加えて,このような刺激に伴う自律神経機能の変化を評価することにより,健康状態をより正しく評価することが可能となる(特許第6501941号(2019年))。
また,働き方改革関連法案の施行に伴い,企業では生産性向上とともに,就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることが重要な課題となってきているが,我々は作業中の自律神経機能を評価することにより,集中力,記憶力,作業効率などを予測することができることを見出し,特許を取得した(特願2019-117207(特許査定:2020年 2月4日))。自律神経機能評価を,安静時だけでなく,仕事や勉強をしている状況の中で評価することにより,より良い作業環境や学習環境の改善に向けた取り組みにおける客観的な指標を取得可能であり,企業や学校などにおいて活用されることを期待している。
㈱FMCCでは,上述の特許を活用し,自律神経機能評価を介した疲労の定量化,疲労回復効果の測定,並びにストレス度やメンタルヘルス状態の評価を客観的/科学的に行い,皆様の研究や診療にご提供させて頂いております。自律神経機能評価装置のレンタルや,解析サービスなどのご要望にも対応致しておりますので,遠慮なくご相談ください。
スマホ(携帯電話)を用いた自律神経機能評価コーナーを開設しました。ご活用ください。
㈱FMCC相談メールアドレス: soudan@fmcc.co.jp
文献
1. Van Ravenswaaij-Arts CM et. al. Heart rate variability. Ann Intern Med. 1993;118(6):436-47.
2. 倉恒弘彦, 平成21~23年度厚生労働科学研究障害者対策総合研究事業(精神の障害/神経・筋疾患分野) 自律神経機能異常を伴い慢性的な疲労を訴える患者に対する客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成 平成21年度-平成23年度厚生労働科学研究障害者対策総合研究事業(神経・筋疾患分野)総合研究報告書 2012年
3. Tanaka M et. al., Autonomic nervous alterations associated with daily level of fatigue. Behav Brain Funct. 2011;7:46. doi:10.1186 /1744-9081-7-46.
4. Mizuno K et. al., Mental fatigue caused by prolonged cognitive load associated with sympathetic hyperactivity. Behav Brain Funct. 2011;7:17. http://www.behavioralandbrainfunctions.com/content/7/1/17
5. Kuratsune D et al. Changes in reaction time, coefficient of variance of reaction time, and autonomic nerve function in the mental fatigue state caused by long-term computerized Kraepelin test workload in healthy volunteers. World Journal of Neuroscience, 2012;2:113-118.
6. Yamaguti K et. al., Autonomic Dysfunction in Chronic Fatigue Syndrome. Advances in Neuroimmune Biology 2013;4:281-289.
7. 大川尚子 他. 教職員に対する客観的疲労度評価日本疲労学会誌 2016;11(2):43-55.
8. Mizuno K et. al., Hydrogen-rich water for improvements of mood, anxiety, and autonomic nerve function in daily life. Med Gas Res. 2018;7(4):247-255. doi: 10.4103/2045-9912.222448.
9. Tamada S et. al., Kamikihito improves cancer-related fatigue by restoring balance between the sympathetic and parasympathetic nervous systems. Prostate Int. 2018;6:55-60.
10. Okawa N, Kuratsune D, Koizumi J, et al. Application of autonomic nervous function evaluation to job stress screening. Heliyon 5 (2019) e01194. doi:10.1016/j.heliyon.2019.e01194
取得している自律神経関連の特許リスト.
1.発明の名称:情報処理装置、情報処理方法及びプログラム
内容:勉強や仕事などの作業中の自律神経機能を評価することにより、集中力/記憶力や作業効率を予測することが可能
特許第6670413号 (2020年(令和2年)3月18日)
出願番号:特願2019-117207
出願日:平成31年6月25日
出願人:株式会社疲労科学研究所
発明者:倉恒弘彦
2.発明の名称:疲労判定装置、疲労判定方法及びプログラム
内容:疲労を誘発しない刺激(光/音/匂いなど)に伴う自律神経機能の変化を評価することにより、疲労やメンタルヘルス状態などを判定
特許第6501941号 (2019年(平成31年)3月29日)
出願番号:特願2018-62114
出願日:平成30年3月28日
特許権者:株式会社疲労科学研究所
発明者:倉恒弘彦
3.発明の名称:自律神経評価装置、自律神経評価方法、プログラム及び記録媒体
内容:新たな自律神経活動指標(自律神経偏差値)を考案し、その指標を用いることにより年齢構成の異なる集団においても健康状態について客観的な集団分析が可能
特許第6550440号 (2019年(令和1年)7月5日)
出願番号:特願2017-219035
出願日:平成29年11月14日
出願人:株式会社疲労科学研究所
発明者:倉恒弘彦、小泉 淳一
4.発明の名称:生体状態推定装置
内容:自律神経機能と脈波伝搬速度を用いて健康状態を評価する
特許第6126220号 (2017年(平成29年)4月14日)
出願番号:特願2015-523943
出願日:平成26年6月3日
出願人:株式会社村田製作所,株式会社疲労科学研究所
発明者:志牟田 亨、倉恒弘彦、渡辺 恭良
5. 発明の名称:疲労度の判定処理システム
内容:自律神経機能評価を用いた疲労度判定処理システムの開発
特許第5491749号 (2014年(平成26年)3月7日)
出願番号:特願2009-053144
出願日:平成21年(2009年)7月6日
出願人:株式会社疲労科学研究所
発明者:倉恒弘彦、田島世貴、小泉淳一、西沢良記、渡辺恭良、片岡洋祐
6. 発明の名称:自律神経機能年齢の判定システム及び判定方法
内容:自律神経機能年齢の判定システム及び判定方法の開発
特許第5455071号 (2014年(平成26年)3月26日)
出願番号:特願2011-7680
出願日:平成21年(2009年)1月18日
出願人:株式会社疲労科学研究所
発明者:小泉淳一
7. 発明の名称:疲労評価装置、疲労度評装置の制御方法、および疲労度評価プログラム、並びに該プログラムを記録した記録媒体
内容:加速度脈波のカオス分析による疲労度評価システム
特許第3790266号(2000年(平成17年)1月6日)
特許権者:総合医科学研究所、渡辺泰良、倉恒弘彦
出願番号:特願2005-511065
出願日:平成16年6月25日
出願人:総合医科学研究所、渡辺泰良、倉恒弘彦
発明者:渡辺泰良、倉恒弘彦、山口浩二、笹部哲也